悩みさえなければ飲まないのだろうか?(酒の害3)

こんばんは。

ふなしです。

 

酒を飲む理由の一つとして「嫌なこと、悩みを飲んでいる間忘れさせてくれる」というのがありました。

最初は職場の宴会や人に誘われて飲んでいたものが、いつの間にか仕事が終わりそうになると自分から気の合いそうな人間を探して飲みに行くようになってました。

確かにその日うまくいかなかったり、いい解決策などが見つからない時など、仲間と酒を飲むことで良い方向にモノが進むことも少なくありませんでした。

 

はじめはそうやってストレス解消のためなどに飲んでいて、確かにその都度解消されていました。

飲んで意見を交わすことでいい案が浮かんだりしたのも事実です。

 

ただそれを「いつも使ってしまっていた」のが問題だったのでしょう。

 

別に昔に戻って、飲酒をコントロールしようなんていう気持ちはもうないけど、

ただ、もう少し早く止められなかったものかとは思います。

 

アルコール依存症になってしまうと、もう辛いから飲んでいるのではなく、病気だから飲んでいるのです。

 

悩みが先で、酒を飲んできていたものが、酒のためになにか飲む理由を作ってしまいます。

病気が進めばさらに飲む理由なんてもうなんでもいいし、悩みを解決するために飲んでるわけでもないので、肝心の悩みは益々深くなっていくことになるのでしょう。

 

( ̄▽ ̄)なんでだ?前は酒で解決できてたじゃねえか。

足りないのか?もう一杯飲めば解決できるのか?

 

悩みさえなければ飲まないのか?

( ̄▽ ̄)だって悩みがあったから飲んでいたんだろ?

 

最初はわかりませんが、悩みに向き合うことなく乱用していては、どんなに「自分だけはそんなことない、大丈夫だ」と思ってもいつの間にか量も増え、病気だから飲んでいる状態に知らない間になってしまっているのでしょう。

 

依存症になってしまえば、悩みがあろうがなかろうが、とにかく酒を飲むために人間でなくなる瞬間があるのかもしれません。

( ̄▽ ̄)そういえば酒を飲むと途端に悩み自体がどうでもよくなっていた。

 

あの一口がまた自分を元に戻してしまう。

 

だから大丈夫って思っても断酒は続けていく必要があるのですね。

( ̄▽ ̄)わかってはいても繰り返し、繰り返し。 

 

せーの!

 

今日も断酒で。

更新もつづく。