読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

振り返る2

こんばんは。

ふなしです。

 

自分にとって「酔う目的」とは何だっただろう?

 

その場その場ではいろいろ理由はあったと思う。

というか「飲むために」いや「酔うために」理由があったって言った方がいいのかなと思いますが。

冠婚葬祭、喜怒哀楽、仕事のため、人と打ち解けたい、ちょっとした気分・・・

結局何から何まで全部酒になっていた。

最後は隙間時間まで酒で埋めようと必死になっていた。

( ̄▽ ̄)あー

 

酔ってしまえば「後は知らない」という超自分勝手さ。

後で反省すれば「酒のせいだから」と許してもらえるだろうと、心のどこかで思っていた胸糞悪いズルさ。

記憶なくしたのだから「どこか自分のことであって自分のことでないような」常識外れた感覚。

 

「遺品整理屋は見た!!(吉田太一)」

死についてなど、遺品整理屋の話を読んでいてたくさん思うことがありました。

この本の中でも、アルコール依存症孤独死の後は酷いとやはりありました。

 

死んでしまえば、あの世に行ってしまえばこの世とは関係ない。

確かにそうなのかもしれないけれど、酒に溺れた人間の後始末をするのは、生きていても死んでしまっても、家族も恋人も友達がいなくても、会ったことない人に後始末していただくこともある。

どんな死に方をしても「誰かにお世話になる」ってことを忘れてはいけない。

 

自分一人で家に帰れたからいいやって思うかもしれないけれど、その間家族が眠れず心配していてくれてるかもしれないし、

もし酔っぱらってその後自分が事故にあったら最後に別れた人は一生嫌な思いをすることになるかもしれないし、

親が生きていれば悔しい思いをさせるかもしれないし、

子どもがいればずっと寂しい思いをさせるかもしれないし、

 

こんなの酔って誰かに迷惑かけた時にすぐ考えてなおすのなんて当たり前のことなのに。

 

すぐ考えれば「酔いたい」なんて思っただろうか・・・

 

具合が悪くなった、記憶がないとなった時にすぐに対策を考えるはずで、

そこに「でも・・・」という迷いがあるわけもないと思います。

 

そんなことは当たり前のことであって、常識であって、なのに自分は出来なかったし、もし酒を飲めばまたそのことも忘れて「酒飲みたい」ばかりに頭が行くであろう。

 

「酔いたい、酔って騒ぎたい、酔って発散したい、酔って癒されたい、酔って楽しくなりたい」

こんなことは誰でも何度か言ったり思ったりはするんだろうけれど程度問題がある。

 

「同じセリフ」でも、普通の人の思うそれと自分の思うそれはだいぶ違っている。

自分のそれは非常識だった。

相手と同じと思っていたが随分とズレてた。

 

ズレに気づき、見つけたら考える、考えたらそれを修正ができるよう・・・

 

焦らず、ひとつ、ひとつ。  

 

今日も断酒で。

更新もつづく。