目に見える部分しか言えないことって多い

おはようございます。

ふなしです。

 

「肩の力抜いて」と言われた時になかなか抜けない時ってあるじゃないっすか?

そんな時は膝の力を抜くと肩の力も抜けるらしいっす。

これ先月報道ステーションイチロー選手と稲葉さんの対談でイチロー選手が言ってました。

 

ま、この後自分がドッキーンってするイチロー選手のこのひとことがあるわけですが・・・( ̄▽ ̄)

「目に見える部分しか言えない人って多い」

 

彼の話し方は独特です。

何が言いたいんだかわからない部分もあります。(笑)

でも好き( ̄▽ ̄)

基本どうでもいいのかな?って話の時は彼は体をクネクネさせながら(リラックス?)

話しますが、肝心な時には向き直り強い口調で繰り返すなあと。

 

( ̄▽ ̄)で??一体どこがドッキーんなんだよ?

 

ものすごく疲れた、腹が減った、ふなしの怒り心党、夏目ちゃんがいなくなってとにかく寂しいふなし(何の話?)

とにかく履かない安村(だから何の話?)

 

おい( ̄▽ ̄)しかも、なんーかー順番がちがくねえか?

ゲス川谷氏や乙武氏のが先だろう?

ちがーうよー( ̄▽ ̄)HALTの順番!

あ、HALTの順番では書いてないっすー 自分目線、自分目線

 

話はだいぶくだらなくなってしまいましたが、こういった目に見えたことに対しては、断酒してからとにかく注意していますが、もっと奥底にある人それぞれの闇については、なかなか吐きだせないし、聞いたところで人もそれを受け止めきれないこともあるのかもしれない。

 

自分は人とは全然違うんじゃないかって暗闇にまた入って行ってしまいそうになるかもしれない。

そんな時にアルコール依存症(今はまた呼び方も違うみたいですが)が病気であるということに、ある意味救われたように、別のなにかに救いを求めすがるかもしれない。

 

他の病気(たとえば鬱病など)を併発している場合もあり、依存症より先にその病気がある場合、同じように依存症と言っても、目に見えた部分は同じ病気でも人によってそれぞれで、一緒なようで一緒でない時もある。

 

助けてほしいというSOSを上手く表現できず、病名ばかりを使ってしまい、それでも同じ病気でない人には理解されないことで余計に苦しむこともある。

 

繋がりをもち、相手のことを知って力になりたいと思うのは、なにより自分がそうすることで、自分の心をアルコール依存症という病になったことの痛みから救ってくれる、優しい人間になりたいという気持ちからきているわけで。

これが繋がりによる効果なんでしょうが・・・

 

そんなの自分勝手?と疑問に感じてしまうこともあります。

 

実際目に見える(ネットだから文章になりますが)部分しか言えないことが多く、

まず理解と言ってもなかなか難しいなと感じてしまいます。

 

そんな時に溝みたいなものを感じてしまうことがあり、うまくいかないこともある。

 ( ̄▽ ̄)あー

 

ここら辺りはこれから自分の体で学んでいくことなのでしょう。

目に見えないモノもちゃんとみられる、言える人間になりたい。

 

まだまだ難しい。 

やはり一日、一日ですね。

 

今日も断酒で。

更新もつづく。